田辺三菱製薬
収益悪化で迎えた再スタート 海外事業拡大へ新薬投入なるか
2021/11/1 AnswersNews編集部 前田雄樹・亀田真由
2007年の合併以降、業績の停滞が続く田辺三菱製薬。17年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬「ラジカヴァ」を発売して悲願の米国進出を果たした一方、多発性硬化症治療薬「ジレニア」をめぐるロイヤリティの支払いでスイス・ノバルティスと揉め、2期連続の赤字に沈んています。20年に親会社・三菱ケミカルホールディングス(HD)の完全子会社として再スタートを切った同社。中枢神経・免疫炎症領域でニッチ戦略を仕掛けます。
2期連続の赤字
2020年1月に三菱ケミカルホールディングス(HD)の完全子会社となった田辺三菱製薬。20年度の売上収益は3778億円(前年度比0.5%減)で、ピークだった17年度(4339億円)から560億円のマイナスとなりました。
多発性硬化症治療薬「ジレニア」のロイヤリティをめぐってスイス・ノバルティスとの係争が続いており、ロイヤリティ収入の一部を売上収益に計上できなくなっていることが減収の主な要因。乾癬・クローン病・潰瘍性大腸炎治療薬「ステラーラ」や糖尿病治療薬などは伸長しているものの、主力の抗TNFα抗体「レミケード」へのバイオシミラー参入なども業績の足かせになっています。
利益面では、17年のニューロダーム(イスラエル)買収で獲得したパーキンソン病治療薬「ND0612」の開発がコロナ禍で遅れ、20年度上半期に845億円の減損損失を計上。通期では585億円の営業赤字に沈みました。
業績停滞の14年
合併から14年近く、田辺三菱の業績は停滞を続けています。
事業としては、17年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬「ラジカヴァ」(日本製品名・ラジカット)を米国で発売し、念願だった同国の販売基盤構築にこぎつけましたが、足元の業績は合併直前の旧2社の合計売上高を割り込んでいます。合併当初に3年後の目標として掲げた「売上高4800億円・営業利益1000億円」という数字には、いまだに手が届いていません。
合併時、田辺三菱が掲げた基本戦略は「国際創薬企業の地位の早期確立」「国内市場でのプレゼンス向上」「ジェネリック事業・個別化医療への挑戦」の3つ。これらを通じて業績の拡大を図る方針でしたが、多くの想定外がそれを阻みました。
海外展開では、グローバル製品と位置付けていた自社パイプラインの開発を中止。国内では、薬価制度の見直しと後発品の普及で長期収載品が打撃を受けました。そこに追い打ちをかけたのが度重なる不祥事です。
10年、同社は子会社・バイファが製造していた遺伝子組換え人血清アルブミン製剤「メドウェイ注」で承認申請データに改ざんがあったとして薬事法(現・医薬品医療機器等法)に基づく行政処分(業務停止・改善命令)を受けました。さらに、11年、12年にも別の工場や子会社で品質管理の問題が浮上。13年にもメドウェイをめぐり行政処分を受け、対応に追われました。
信頼回復を優先せざるを得ない状況で、海外進出を目指す動きは鈍りました。厚生労働省に提出した業務改善計画に沿った組織体制の改革など進め、ようやく米国進出にたどり着いたのが17年。08年に参入した後発医薬品事業でも、販売子会社を17年にニプロに譲渡し、事業から撤退しました。
「合併のシナジーが見えない」――20年、田辺三菱が親会社の三菱ケミHDに完全子会社化される形で上場廃止となった背景には、こうした事情も見え隠れします。研究開発費がコア営業利益を上回る状況が続き、業績が上がらないどころか収益性は悪化。同HDからは「完全子会社に伴い、新たな施策を取り入れ早急な再構築が必要」「特に海外企業のM&A後の統合プロセスやガバナンス強化を見直す必要がある」と指摘されています。
目指すのは「この疾患なら田辺三菱」
こうした中、田辺三菱は21年3月、21~25年度までの中期経営計画を発表。新たな成長戦略の柱に「プレジションメディシン」と「アラウンドピルソリューション」を据えました。「プレシジョンメディシンで最適な患者層に治療満足度の高い薬を届け、治療薬を起点に患者の困りごとに応えるアラウンドピルソリューションを展開する」(上野裕明社長)といい、2つの取り組みを通じて収集した健康医療データによって治療薬やソリューションの価値向上につなげるとしています。
プレジションメディシンの実現を目指すのは中枢神経と免疫炎症の2領域。その第一歩としてグローバル開発を進めているのが、赤芽球性プロトポルフィリン症と全身性強皮症を対象とするメラノコルチン1受容体作動薬「MT-7117」(デルシメラゴン)です。赤芽球性プロトポルフィリン症では、プロトポルフィリンIX濃度やメラニン濃度といったバイオマーカーによる層別解析から、患者ごとに適切な用量選択ができるよう、臨床試験を実施中。全身性強皮症でも、血液や皮膚のバイオマーカーを活用することを計画しています。
一方、アラウンドピルソリューションでは、治療薬を起点に予防から予後までの支援を展開することを目指しており、ALSでは早期診断支援や服薬支援に取り組んでいます。ソリューションにより治療機会を拡大するとともに、関連サービスの提供に向けて協業の機会を探っていく考えです。
さらに、収集したデータから別の患者集団を見出していくことで、特定の疾患の中でカバーする範囲を広げ、「『この疾患なら田辺三菱』と言われるような疾患を1つでも多くつくり、強みを築き上げていく」(上野社長)ことを目指します。
カギは米欧の収益拡大
田辺三菱は中計最終年度の数値目標を明らかにしていませんが、親会社の三菱ケミカルHDは「25年度にヘルスケア事業で売上高5000億円超」を目標に掲げています。同HDは22年度にMuse細胞を使った再生医療等製品の実用化を目指しているものの、25年度の時点では売り上げ規模としてはまだ小さく、5000億円達成の大部分は田辺三菱にかかっています。
国内事業は毎年の薬価改定で現状の3000億円を維持するのが精一杯でしょう。一方、カギを握る海外事業の20年度の売上高は648億円で、連結売上高に占める割合は17.2%。これを拡大させるため、同社は「米国・欧州への新薬投入」「中国・アジアへの製品展開」を方針として打ち出しました。
米欧では、25年度までにラジカヴァに続くALS治療薬「エクサヴァン」(21年発売)や同「MT-1186」(ラジカヴァ経口懸濁剤、発売目標・22年度)、MT-7117(23年度)、ND0612(24年度)の発売を予定。さらに、21年中に新型コロナ向けVLPワクチン「MT-2766」のカナダでの実用化を目指しています。ワクチン生産の拡大に向けた投資も実施中。上野社長は新型コロナの感染状況は流動的だとしつつ、日本で5種混合ワクチン「MT-2355」を開発するBIKENグループの売り上げと合わせ、25年度にワクチン事業で1000億円程度を達成したいとしています。
今後の成長には、これらの新薬を計画通りに市場に投入することはもちろん、三菱ケミカルグループ内でのシナジー創出が欠かせません。コーポレート機能やデジタルトランスフォーメーション(DX)推進といった全社的な部分に加え、研究開発でもシナジー創出に向けた複数のプロジェクトが動いているといいますが、全貌はまだ見えてきません。
三菱ケミHDは今年、初の外国人社長となるジョンマーク・ギルソン氏をトップに迎え、事業ポートフォリオの見直しを進めています。不振が続くようであれば、田辺三菱にも大なたが振るわれるかもしれません。
[コラム] 研究開発の核は「DX」
ジレニアやSGLT2阻害薬「インヴォカナ」など、複数のブロックバスターを生み出した創薬力を持つ田辺三菱。研究開発では中枢神経・免疫炎症領域に注力していく方針で、DXの活用を進めています。
研究段階ではバイオインフォマティクス技術の活用を推進しています。中枢神経では、遺伝子ネットワーク解析で既知の疾患遺伝子との関連性を網羅的に解析し、新たな疾患原因遺伝子の特定を加速。フェノタイプ創薬を進める免疫炎症では、臨床データや細胞フェノタイプ、遺伝子、タンパク発現など複数の因子を多層解析し、標的フェノタイプ創薬の探索の実現を図っています。
開発段階でもセンシング技術などを活用したデジタルバイオマーカーを取り入れるとしており、デジタルの力で創薬を進化させたいとしています。
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